経済のグローバル化とアジャイル開発の必然性

公開: 2021年10月16日

更新: 2021年10月16日

あらまし

プラグマティズムと進化パラダイム

英国の産業革命が進行する中、ダーウィンが提唱した進化論」は、それまでの「絶対的な神が計画したように生物は生まれ、滅んでゆく」とするキリスト教の教えを基本とした考え方を打ち砕いた。生物界における新種の誕生は偶然に起こる遺伝子変化の結果である突然変異による誕生と、適者存続の原理に基づく自然淘汰が、新種生物の増加や競合する在来種生物の絶滅を引き起こすとした。

このことは、全知全能の神が創造した世界の中での予定調和に基づいた生物の誕生と消滅の歴史観を否定した。つまり、我々が生きている「この世界を創造したのは全知全能の神ではない」とする、ある意味で反キリスト教的な新しい思想を生み出した。多くのキリスト教徒は、この新しい理論の誕生に困惑した。2千年近くの期間にわたり、ヨーロッパの人々が正しいと信じてきたキリスト教的世界観・自然観を否定したのである。

その進化論は、歴史的には古代ギリシャのエンペドクレス に代表される哲学者も議論したことのある考え方である。古代ローマ以降、進化論はイスラムの哲学者によって研究されていた。ヨーロッパの中世が終わり、近代が始まる頃、ドイツの哲学者ライプニッツらも進化論を研究していた。しかし、ダーウィンのように理論と現実世界との対応を議論することはなかった。

ダーウィンが「種の起源」を出版する以前から、全ての脊椎動物の起源は同じではないかとする仮説が議論されていた。ダーウィンの祖父もそのような仮説を信じていたとされている。そのような知的な環境の中で、ダーウィンは、古典的な遺伝学 によって蓄積されつつあった新しい知識を吟味し、突然変異と自然淘汰の2つの理論に基づいた新しい進化論を構築した。

ダーウィンの進化論が提唱されて以降、19世紀の末から20世紀の初頭にかけ、米国の哲学者たちは全知全能の神を想定しない新しい哲学の構築に着手した。つまり、科学的な真理には、人間にはそれが普遍的な真理であるかどうかを判断できないものがあり、したがって、人間は自分たちが生きている時間の範囲の中で、最も合理的な知識を見出し、それを当面の真理として受け入れざるをえないとする考え方である。このことは、新しい事実が見出されたときは、それまでの理論を改善して、より良い理論を作り出さざるをえないことを意味している。

このような哲学をプラグマティズム(pragmatism)と呼ぶ。プラグマティズム哲学では、人間の真理を知り得る能力を否定するため、現実をよく説明する理論を当面の真理と受け止め、この当面の真理としている理論に適合しない現実の現象が報告された場合には、その新しい現実をも包み込んで説明できる新しい理論を構築することを主張する。この手続きを繰り返すことで、人間の知識は少しずつ、絶対的な真理に接近できるとしている。

これは、経済理論で言えば、これまでのように技術革新によって、新しい技術を開発したり、新しい生産プロセスを開発したりして、経済を進展させるとするシュンペーターの「技術革新」理論 [伊東光晴、根井雅弘, 1993]に対して、日本的品質管理論が提唱した「改善」による生産性や品質の向上を重視する考えに似ている [石川肇, 1981]。日本的品質管理では、製品、製品生産の技術、製品生産のプロセスなどを変化させ、従来の製品よりも良い製品、従来よりも安いコストでの生産を推奨する継続的改善に基づく企業経営を提唱している。

このことは、革新的(revolutionary)な変化ではなく、進化的(evolutional)な変化の繰り返しによって、結果的に大きな変化を起こそうとする考え方である。革新的な変化の場合には、一般的にその結果による社会への影響も不連続的・離散的になる。これに対して、進化的な変化の連続であれば、その結果による社会への影響も小さく、予測可能で連続的な変化となるのである。

地球上の生物が、天体としての地球の変化、寒冷化、火山の噴火、小さな惑星等の天体の衝突による生存環境の変化、に適応しながら長期間にわたり進化を継続し、現在に至るまで存続できていることは、進化が生物全体にとって、結果的に最適な生存戦略であったことを実証していると言える。このプラグマティズムの思想に基づく、新しいソフトウェアの開発法として、「アジャイル開発」が注目されている [マーチン, 2008]。

(つづく)