人工知能 〜 機械学習は、どこまで信用できるか


提供: 有限会社 工房 知の匠

文責: 技術顧問 大場 充

更新: 2026年3月20日

あらまし

19世紀の産業革命のさ中、スコットランドにチャールス・ダーウィンが生まれました。スコットランドで医者をしていた父親の勧めで、最初、スコットランドにあるエジンバラ大学に進学し、医学を学び始めました。しかし、途中で退学し、再び父親の勧めで、イギリスのケンブリッジ大学へ再入学し、神学を学びました。そこで、彼は、神が「全ての生物を設計し、創造した」とする説を聴き、感動したそうです。大学を卒業後、彼は、イギリスの調査船、ビーグル号に乗り、世界を一周しました。そして、19世紀の半ば頃、彼は、自分のか観察に基づき、「種の起源」という書物を発表しました。

進化論: 人間には本当のことは分からない

19世紀のスコットランドにチャールス・ダーウィンが生まれました。当時、独立国であったスコットランドで医師をしていた父親の勧めで、エジンバラ大学に進み、医学を学びましたが、途中で退学し、父親の勧めによって、イギリスのケンブリッジ大学へ再入学し、神学を学び始めました。そこで、彼は、神が「全ての生物を設計し、創造した」とする説を聴き、感動したそうです。大学を卒業後、彼は、イギリスの調査船、ビーグル号に乗り、世界を一周に出ました。その時、彼が目にした生物の多様性分布に関する現実は、彼がケンブリッジ大学で学んだことでは、説明できないものでした。それは、むしろ彼の祖父が信じていた「進化論」の方が、それまでの常識であった、聖書の創世記の記述よりもよく当てはまる現実でした。


図10. 人間の知の限界を示した進化論

19世紀に、チャールス・ダーウィンは、世界一周の航海を経験し、様々な動物の生態を調べ、彼の祖父が正しいと信じていた「進化論」が、地球上の生物の生態多様性と、それらの生息環境との関係を、よく説明するとの考えに到達しました。そして、名著「種の起源」を出版したことから、現代の科学革命が始まりました。ダーウィンは、ある生物に、偶然に起こる突然変異(とつぜんへんい)と、それによってその種の生物が、新たに獲得した生物学的な性質が、その生物の新種が生きる環境にどれだけ適合するかで、その新しい遺伝的性質を持った生物の新種が、どれだけ長く生存できるかが決まるとする、「突然変異」と「適者生存(てきしゃせいぞん)」の原理に基づく進化論(しんかろん)を提唱しました。これによって、人間は、「神が、その姿に似せて造(つく)った」のではなく、生物の長い進化の過程を経て、猿からの突然変異で、偶然に生まれ、進化した生物であり、「類人猿(るいじんえん)の一種である」と言う説明が確立されました。

しかし、その新しい説は、それまで信じられてきた「神が自分の姿に似せて、人間を作り出した」とする、ユダヤ教の天地創造説に書かれている、旧約聖書の記述とは全く違っていました。「聖書の記述こそが真理である」と信じていた当時の人々には、ダーウィンの新説は、「嘘」であるとしか思えませんでした。今でも、米国社会に生きる人々の中に、「聖書の記述に反する」として、それを信じていない、「頑(かかたく)なな」福音派の人々がいます。

とは言え、このダーウィンの進化論は、20世紀の人類の思想に多大な影響を与えました。それ以後、多くの科学者が、人間には「本当のことは分からない」として、それまでのような「絶対的な真実を追求すべき」とする信念は、なくなりました。それは、プラトンが主張した「絶対的で普遍な真理」は、「完全には、人間に理解することはできない」ことを、認識せざるをえなくなったからでした。つまり、人間には、プラグマティズム哲学が主張する、人間が経験に基づいて確認できる事実以外に、人間が「よって立つ」真理はなくなったのです。

プラグマティズム哲学では、人間が真理を突き詰めようと考える時、それは、弁証法を無限に繰り返すことでしか、接近できないことを主張します。ある時点で、ある問題を「最も正しそうに」説明できる説をA案とし、そのA案では説明できない「不都合な」問題が見つかった場合、その問題を説明できる新しい案を考え、A案と新しい案を比較して、より全体を矛盾なく説明できるB案を生み出そうと言うやり方です。

人類の知は、時代とともに、プラトンが述べた、絶対的な真理の存在する、理想的な世界から離れ、ゆっくりとではあっても、アリストテレスが主張した、「限定された範囲」で、「正しい」と言える、現実的な答えを見出す、中庸こそが、その限定された範囲「正しい」とすべきであるとする思想に向かって進んでいるように見えます。

このことを表すために、ドイツの哲学者ニーチェは、「神は死んだ」と言いました。この世界を創り出した絶対的な『神』の意味は、「なくなった」と主張したわけです。現代の主要な思想である「無神論」が、ここに生まれました。プラグマティズムも同じです。