提供: 有限会社 工房 知の匠
文責: 技術顧問 大場 充
更新: 2026年3月17日
人間が、「物事(ものごと)をどのように理解し、考えるべきか」に関する哲学的な問題を、どのように考えて来たのかについて、古代ギリシャから近代の哲学者達が、たどって来た道筋(みちすじ)を振り返ってみます。その第一歩は、古代ギリシャの哲学者たちが議論した問題です。その最初が、哲学者のソクラテスが言った「善(よ)く生きる」と言う、倫理(りんり)的な問題でした。
古代ギリシャの社会において、重要であったことについて、3人の偉大な哲学者たちが、大切な考えを残しました。そして、それらの考え方は、現代に至るまで、その後の人間社会に、大きな影響を与えています。その最初に、出現したのが、古代ギリシャのソクラテスです。ソクラテスは、現代では、ほとんどの人が、知っている有名な哲学者です。著者の目から見ると、ソクラテスは、何よりも「人間は倫理(りんり)的に生きなければならない」ことを教えた、人類で最初の哲学者です。「倫理(りんり)」とは、現代の英語で言うethics(エシックス)の語源、ギリシャ語の「エチカ」と言う言葉で表現される考えです。ソクラテスは、その言葉の意味を、数多くの例を示して、古代ギリシャの人々(市民)に説明しました。当時のギリシャ社会は、市民と奴隷(どれい)から成り立っている、階級(かいきゅう)社会でした。市民階級(しみんかいきゅう)は、他の都市国家(としこっか)との戦争の時、兵士として兵役(へいえき)に就(つ)き、戦います。平時(へいじ)には、都市国家の政治家として働いていました。
ソクラテスは、そのような社会的な役割を担っていた市民が、都市国家の兵士として戦うときも、政治家として働かなければならないときも、自分の使命(しめい)と責任(せきにん)を明確に理解し、与えられた任務(にんむ)を全う(まっとう)するように、行動しなければならないことを、教えました。特に、戦場では、自分の隣人(りんじん)である上官(じょうかん)が下す命令には、その命令を出す人が、自分の子供の時からの友人であったとしても、その戦いにおける命令の意味や大切さを理解して、勝利のために最善(さいぜん)を尽くした行動をとらなければなりません。それは、その人が、自分で直接、指揮(しき)をしている部隊(ぶたい)に属している兵士達が、「おとり」として犠牲(ぎせい)を強(し)いられる行動を命じられ、多くの兵士が死ぬ運命にあったとしてもです。
古代ギリシャの社会では、日々の生活のための仕事は、奴隷(どれい)たちに命じていました。その奴隷(どれい)たちは、過去の戦争に負けた国から連れて来た、自由のない人々です。このことは、奴隷(どれい)の仕事が、単純な肉体労働(にくたいろうどう)に限ぎられることを意味しているものではありません。奴隷(どれい)の中には、計算など、長い時間がかかる知的な作業に従事(じゅうじ)していた人々もいました。ただ、奴隷(どれい)には、自分たちの仕事を選ぶ権利は、与えられていませんでした。奴隷(どれい)たちは、命じられた仕事を、命じられたように行わなければなりませんでした。従って、奴隷(どれい)たちには、倫理(りんり)的に正しく生きることは、要求されていませんでした。
「倫理(りんり)的に生きる」とは、一人一人の市民が、自分が所属している社会から、自分に対して期待されている行為(こうい)を行うことを言います。つまり、個々の市民は、「社会が、自分に何を期待しているのか」を知っていなければなりません。そして、その期待に沿(そ)うような行為を、与えられた状況の中で「正しく」選びだし、実践(じっせん)し、その期待に応(こた)えなければなりません。それは、仮に、その行為を行うために、多大な自己犠牲(じこぎせい)を伴うとしてでもです。
しかし、もし、社会がその人に期待している行為が、定められた目的を達成することが不可能なものであるとなれば、その行為に着手(ちゃくしゅ)することは、無駄(むだ)なことになるので、中止すべきであると、ソクラテスは教えました。ソクラテスは、行為を行い、その目的を達成することが重要であると、考えたのでした。行為を行っても、その目的を達することができないならば、その行為に着手せず、より目的を確実に達成できる可能性の高い行為を考えなければならないとしました。
例えば、川仁落ち、溺れかけている子供を見たとき、その子供を助けようと、自分が「川に飛び込んで助けなければならない」と考えるのではなく、自分の力で泳ぎ、子供を助け、子供と一緒に川岸まで泳いで戻って来ることができるかを考え、それが困難であるとすれば、誰か、泳ぎの上手な人を見つけ出し、助けてもらうように頼むことの方が、正しい行動だと言えるからです。