提供: 有限会社 工房 知の匠
文責: 技術顧問 大場 充
更新: 2026年3月19日
16世紀のヨーロッパでは、ドイツにおける活字を使った活版印刷機の発明・普及を引き金にして、北ヨーロッパでは、知識革命が起こり、宗教改革と、農業から工業中心への産業機構の変革(産業革命)を伴う経済改革が起こり始めました。イギリスでは、この時、当時の社会を支配していた貴族階層(きぞくかいそう)を中心に、現実社会の変化を見据えた、新しい思想が生まれました。その代表的な例が、科学分野における、思想家フランシス・ベーコンが提起した、実験に基づいた実証主義(じっしょうしゅぎ)の潮流でした。
16世紀の末、イギリスのケンブリッジ大学に学び、法曹界で活躍し始めていた貴族のフランシス・ベーコンは、大学時代に感じていた「アリストテレスの哲学は、議論のためにしか役立たない。」と言う考えに基づき、新しい知識を生み出すための思考の方法として、「帰納法(きのうほう)」を提唱しました。それは、人間が自然から物事(ものごと)の法則を学ぶとき、しばしば、「結果を認識して、その原因となる事象を分析し、因果関係を知る」と言う手順を取ることから、提案したと言われています。
中世に唯名論を主張したオクスフォード大学のオッカムや、16世紀のベーコンの帰納法(きのうほう)が土台となり、イギリスの社会に経験主義の土台が醸成(じょうせい)されてゆきました。17世紀に入って、オクスフォード大学のジョン・ロックが経験主義の哲学をまとめ、産業革命後の民主主義と経済学の基礎を作りました。
政治哲学者でもあったジョン・ロックが提唱した経験論思想は、17世紀のイギリスに広まった産業革命の時代を通して、近代の社会全体における思想的枠組みとなりました。それは、近代民主主義に基礎を提供し、後に、アダム・スミスの資本論の骨格となり、政治哲学の分野で、ベンサムの「多数決原理」を生み出す、効用理論を生む原動力となりました。特に、アダム・スミスの資本論やベンサムの多数決原理では、その理論的な枠組みとなった「効用(こうよう)」思想は、多大な影響を与えました。後で述べる数学者のチャールズ・バッベージも、ロックの労働価値説に基づく理論を構築しています。
ベーコンが提唱した帰納法によって、17世紀のイギリスでは、科学技術が大きく進歩し、ロックが提唱した経験主義哲学によって、17世紀のイギリスの社会では、民主主義と資本主義経済が著しく発展しました。例えば、多数決原理による政治的な問題の決定や、工業生産における「分業(ぶんぎょう)」による「労働の生産性」の向上などです。これらは、イギリスで主流になりつつあったプロテスタンティズムと混ざりあい、イギリスの経済発展に多く寄与しました。
科学の分野においては、ニュートンの物理学、社会科学の分野においては、ベンサムの功利主義、そして経済分野におけるアダム・スミスの資本主義などが、産業革命とイギリス社会の経済的な発展に大きく貢献しました。そして、産業革命の過程で著しく発達した蒸気機関と歯車式機械の利用により、19世紀の初頭には、ジャガード織機の仕組みを応用した、バッベージの自動計算機械までもが、生まれました。